最近では、60代から矯正歯科治療を始める方も増えています。
見た目を整える目的にとどまらず、将来の健康を守るための前向きな選択と考える方が多くなってきたためです。
人生100年時代と言われる今、60代はまだまだ現役。
子育てや仕事が一段落し、自分の体やこれからの時間を大切にしたいと考えるタイミングでもあります。
とはいえ「矯正中の見た目がなんとなく恥ずかしい」「60代でも歯は動くのだろうか」などの不安から、治療に踏み出せない方も少なくありません。
この記事では、60代から矯正歯科治療を始めるうえで知っておきたいポイントをまとめています。
治療を受ける前に注意したい点、年齢に合った治療法の選び方、費用の目安まで、わかりやすく解説します。

ブライフ矯正歯科 院長
平塚 泰三(ひらつか たいぞう)
東京医科歯科大学歯学部歯学科を卒業後、1年間の研修医を経て東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科顎顔面矯正学分野に入局。大学院を修了し歯学博士を取得。関東を中心に複数の歯科医院にて矯正担当医として勤務。2021年11月に静岡県静岡市にてブライフ矯正歯科を開業。正しい矯正歯科治療を適正な治療費で提供するように努めている。日本矯正歯科学会認定医。
矯正歯科治療は公的健康保険適用外の自費(自由)診療です。
一般的な治療期間:2年から3年、一般的な通院回数:20回~30回
矯正歯科治療の一般的なリスクと副作用:痛み ・口腔内不潔域の拡大と自浄作用の低下・歯根への影響(歯根の短小、歯の失活、歯肉退縮、歯根露出、失活歯の歯根破折)・顎関節症状・後戻り·加齢による変化・骨癒着
60代からでも矯正治療ができる3つの理由

矯正歯科治療は、何歳までという年齢制限はありません。
歯や骨が健康な状態であれば、60歳はもちろん、70歳でも治療は可能です。
60代の方でも始められる理由は以下の3つです。
・歯は何歳になっても動く仕組みがあるから
・検査や技術が向上し、年齢に合わせた計画が立てられるから
・目立たない装置で始めることもできるから
以下からは、それぞれの理由について詳しく解説します。
歯は何歳になっても動く仕組みがあるから
歯が動く仕組みは「リモデリング」と呼ばれる骨の生まれ変わりの働きによるものです。
矯正装置で歯に力をかけると、歯と骨の間にある「歯根膜(しこんまく)」という薄いクッションのような組織が、力を感知します。
すると、歯が動く方向の骨では、破骨細胞(はこつさいぼう)という細胞が働き、骨を少しずつ溶かして歯が動く道すじをつくります。
一方で、反対側では骨芽細胞(こつがさいぼう)が新しい骨を作り、歯が動いたあとのすき間を埋めていくのです。
「骨が溶けて、また新しく作られる」という流れは、年齢に関係なく誰にでも備わっている新陳代謝の一つです。
骨の再生ペースに合わせてゆっくり歯を動かすことで、60代でも無理なく矯正歯科治療を進めることができます。
検査や治療技術が向上し、年齢に合わせた計画が立てられるから
矯正歯科治療を安全に進めるには、歯がどこまで動かせるのかを正確に見極めることが大切です。
事前のCT検査では、歯を支えている骨の厚みや密度、歯の根っこの長さや形、神経の位置まで、立体的に細かく確認することができます。
たとえば年齢を重ねて骨が少し薄くなっていたとしても、事前に状態が分かっていれば、安全な範囲で歯を動かすことが可能です。
また、マウスピース矯正では3Dスキャナーが広く使われるようになり、歯型の精度もぐんと上がりました。
粘土状の材料を口に入れる必要がなく、小型カメラで口の中をスキャンするだけで、より正確な歯型データを取得できます。
CTや3Dスキャナーなどの技術によって、60代の骨や歯の状態に合わせた、安全で正確な治療計画を立てられるようになっています。
目立たない装置で始めることもできるから
60代の方の中には「矯正は子どものころにするもの」と思っている方も少なくありません。
そのため、周囲の目が気になって治療に踏み出せない方もいます。
しかし今は、昔のようにギラギラ目立つ金属の装置だけではありません。
なかでも代表的なのがマウスピース矯正です。
透明の素材で歯にぴったりフィットし、装着していてもほとんど気づかれません。
食事や歯みがきのときは取り外せるため、普段の生活リズムを変えずに続けやすいのも特徴です。
また、裏側矯正という選択肢もあります。
歯の裏側にワイヤーをつける方法で、正面からは装置が見えません。
目立たない矯正装置を使うことで「この年齢で矯正なんて」という気持ちのハードルがぐっと下がります。
60代で矯正治療を始めるメリット

60代からの矯正治療は、これからの長い人生を見据えた、多くのメリットがあります。
代表的なメリットは次の4つです。
・虫歯・歯周病リスクが減り、自分の歯を守れる
・よく噛めるようになり、全身の健康につながる
・見た目に自信がつき、生活の質(QOL)が向上する
・将来の治療費や通院の負担を減らせる
ここからは、それぞれのメリットを詳しく見ていきましょう。
虫歯・歯周病リスクが減り、自分の歯を守れる
歯並びを整えることで歯磨きがしやすくなり、虫歯や歯周病のリスクを減らせます。
日本人が永久歯を失う原因の第1位は「歯周病」、2位に「虫歯」が続きます。
虫歯や歯周病の直接的な原因となるのが、プラーク(歯垢)という細菌の塊です。
歯が重なり合っている部分は、どうしても歯ブラシの毛先が届かず、プラークが常にたまりやすくなってしまいます。
また、歯並びの問題は磨き残しだけではありません。
歯がガタガタしていることで、特定の歯で強く噛みすぎてしまい、歯周病が進行したり、歯が割れてしまうこともあります。
歯並びは、歯をどれだけ長く守れるかと深くつながっているのです。
よく噛めるようになり、全身の健康につながる
矯正歯科治療で噛み合わせが整うと、食べ物を奥歯でしっかり噛み砕けるようになります。
食べ物が細かくなれば、消化酵素を含む唾液ともよく混ざり合うため、消化がスムーズに。
結果として、胃腸への負担も軽くなりやすいです。
さらに注目したいのが、奥歯でしっかり噛むことによる脳への効果です。
噛む動作が脳の血流を促進することから、認知症予防にもつながるとされています(効果には個人差があります。)。
日本歯科医師会が公開した記事の「歯の健康と健康寿命の関係」という項目で、噛むことと全身の健康との深いつながりが紹介されました。
記事では、歯がほとんどなく、かつ入れ歯も使っていない人では、歯が20本以上ある人と比べて認知症のリスクが最大1.9倍になることも報告されています。
また、噛み合わせを正すことは、全身のバランスを保つうえでも重要な役割を果たします。
左右均等に噛めるようになることで重心が整い、首や肩のこり、こめかみの重さといった不調が軽くなるケースも少なくありません。
見た目に自信がつき、生活の質(QOL)が向上する
矯正歯科治療で歯並びのコンプレックスが解消されると、自然と笑顔が増え、表情全体が明るく見えるようになります。
人との会話や食事を心から楽しめるようになり、気持ちも前向きになることは、生活の質を上げる何にも代えがたいメリットです。
2024年の総務省「労働力調査」をもとに生命保険文化センターが掲載したデータによると、60〜64歳で約7割、65〜69歳でも約5割の方が仕事を続けています。
60代はまだまだ社会との関わりが深い現役世代です。
経済的な理由だけでなく、人とのつながりや生きがいを求めて働く方も多くいます。
笑顔に自信があると人との関わりにも積極的になり、定年したあとのセカンドライフも、より明るく楽しめるはずです。
将来の治療費や通院の負担を減らせる
予防の観点から考えると、矯正歯科治療は将来の医療費をおさえる効果も期待できます。
歯を失ってしまった場合、補うためにはインプラントやブリッジ、入れ歯などの治療が必要です。
なかでもインプラントは高額で、1本あたり30万〜50万円ほどが一般的。
虫歯で被せ物をする場合は、セラミック素材だと1本10〜15万円ほどが目安になります。
今のうちに歯並びを整えておけば、虫歯や歯周病のリスクを減らし、将来の治療にかかる費用や時間をおさえられる可能性があるのです。
60代の矯正治療で知っておくべきリスク

矯正歯科治療は、年齢関係なくリスクも伴います。
とくに60代の矯正歯科治療では、若い世代と異なる以下のような注意点やリスクもあるため、より慎重な判断が必要です。
・歯を動かすのに時間がかかる
・歯周病の管理がより重要になる
・口元が痩せて見えることがある
・治療歴(被せ物やインプラント本数)が多いと矯正が難しい場合がある
以下からは、60代にみられやすいリスクを一つずつ詳しく解説します。
歯を動かすのに時間がかかる
年齢を重ねると、骨の新陳代謝がゆっくりになるため、歯の動くスピードも若いころに比べて穏やかになる傾向があります。
そのため、治療期間はやや長めにかかることが多くなります。
以下は、一般的な治療期間の目安です。
・奥歯の噛み合わせを含む「全体矯正」は、およそ1年半〜3年
・軽度な前歯のずれのみの「部分矯正」は、およそ半年〜1年
60代以降では、一般的な目安より半年から1年程度長くなることもあります。
年齢を重ねてからの矯正歯科治療では、スピードを求めすぎず、安全性や確実性を重視することが大切です。
矯正歯科治療が終わった後も、2年程度は維持装置(リテーナー)の使用が必要です。
しっかりとケアを行うことで、治療効果を長期間維持しやすくなります。
高齢者の骨密度に注意!
60代以上で矯正治療を考える際、骨密度が低くなることの影響も考えたいところ。
年齢が上がると、どうしても骨密度が低下し、骨がもろくなってしまいます。
骨密度が低いと、矯正治療を受ける際に歯の移動がうまくいかないことがあるわけです。
骨密度の低下は、歯が動くための骨の再生にも影響するため、矯正治療の進行を遅らせたり、骨を傷つけたりするリスクがあります。
矯正を始める前に、必要に応じ歯科もしくは医療機関でレントゲン検査や骨密度測定を行い、自分の骨の状態をしっかり確認することが重要です。
もし骨密度が低い場合でも、適切な治療方法を選ぶことで、矯正治療を続けることができます。
しかし、矯正を行う前に、歯科医師としっかり相談し、どのような治療が最適かを決めることが不可欠です。
歯周病の管理がより重要になる
厚生労働省の令和4年歯科疾患実態調査(p.23)によると、65〜69歳で進行した歯周病がある(4㎜以上の歯周ポケットがある)人は約半数にもおよぶことがわかっています。
60代では、歯を支える骨がすでに減っているケースも少なくありません。
矯正力をかけた際に骨の再生が追いつかないと、歯ぐきが今以上に下がってしまうこともあります。
進行した歯周病がある状態で無理に動かすと、歯の安定に影響が出ることもあります。
そのため、進行した歯周病がある場合は、まず歯周病治療を行い、歯ぐきの状態が安定したら矯正を始めるのが基本です。
治療中も歯周病のコントロールが重要になります。
とくにワイヤー矯正では、装置のまわりが磨きにくくなり、歯周病が進行しやすい傾向があります。
今まで以上に丁寧な歯磨きと、定期的な歯科医院でのクリーニングが欠かせません。
口元が痩せて見えることがある
矯正歯科治療では、歯並びだけでなく顔の印象も変わることがあります。
とくに口元の突出感を抑えるために抜歯を行った場合、前歯が引っ込むことで唇の張りが弱まり、口元が痩せたように見えることがあります。
皮膚や筋肉の張りは、年齢とともに自然に落ちていくため、60代以降では治療による変化がより目立ちやすい傾向です。
とくに唇がもともと薄い方や、頬のハリが少ない方は変化が気になりやすいことがあります。
抜歯をするメリットとデメリットを比較し、じっくり考えて判断することが大切です。
年齢を重ねるにつれて、歯1本の価値をより高く感じる方も多くなります。
治療歴(被せ物やインプラント本数)が多いと矯正が難しい場合がある
60代では、これまでの治療でインプラントやブリッジ、被せ物が何本も入っている方が少なくありません。
人工の歯が多く入っている場合、矯正治療の計画に影響する場合があります。
以下の表では、治療済みの歯がある場合の、矯正治療への影響をまとめています。
| インプラント | 骨と直接結合しているため動かせない。固定源として利用するか、インプラントを避けて周りの歯だけを動かす場合は矯正可能 |
|---|---|
| ブリッジ | 複数の歯が連結されているため、そのままでは個々の歯を動かせない。ブリッジを一度分割し、歯を動かしたあとに最終的なブリッジを作り直すか、インプラントを検討する場合がある |
| 被せ物 | 動かすことは可能。ただし、神経がない歯で治療から長期間たっている場合は、根の感染やヒビがなく、歯を動かせる状態か確認が必要 |
被せ物やインプラントがあっても、歯科医師による正確な診断と治療計画によって治療できるケースもあります。
60代におすすめの矯正治療方法

歯並びや噛み合わせの状態、ライフスタイルや何を重視したいかによって、最適な治療法は異なります。
代表的な方法として、次の2つがあります。
・目立ちにくく快適「マウスピース矯正」
・幅広い症例に対応「ワイヤー矯正」
以下は、マウスピース矯正とワイヤー矯正を比較した表です。
| マウスピース矯正 | ワイヤー矯正 | |
|---|---|---|
| 見た目 | ほぼ見えない | 表側ワイヤーは目立ちやすい |
| 快適さ | 違和感や痛みが少ない傾向 | 違和感、口内炎のリスクあり |
| 歯磨き | しやすい | 難しい |
| 対応できる歯並び | 軽度〜中程度 | 重度を含むほぼ全ての歯並び |
| 装置の自己管理 | 必要(1日20時間の着用厳守) | 不要(固定式のため) |
それぞれのメリット・デメリットを理解したうえで、歯科医師と相談して最適な方法を決めることが大切です。
ここからは、マウスピース矯正とワイヤー矯正についてさらに詳しく見ていきましょう。
目立ちにくく快適「マウスピース矯正」
透明なマウスピースを使い、1〜2週間ごとにご自身で取り替えながら、少しずつ歯を動かしていく治療法です。
1枚のマウスピースで動くのは、約0.25㎜とわずかなため、歯や骨への負担が少なく済みます。
装置は簡単に取り外せて、つけていることはほとんど気づかれません。
会食や旅行、仕事などの予定があっても、日常生活に支障をきたしにくい点もメリットです。
治療中も普段通りに歯磨きができるため、歯周病の予防が欠かせない60代の方にも適しています。
マウスピース矯正は、奥歯を後方に少しずつ動かしてスペースを作り出す動きが得意です。
そのため、従来は抜歯でスペースを確保していたような歯並びでも、歯を抜かずに治療できるケースが増えてきています。
幅広い症例に対応「ワイヤー矯正」
歯の表面にブラケットという装置を接着し、ワイヤーを通して力を加える、昔から行われている治療法です。
がたつきが強い歯や飛び出た歯など、ほとんどの歯並びに対応でき、効果の確実性が高い点がワイヤー矯正の強みといえます。
見た目が気になる場合は、銀色ではなく白いワイヤーやブラケットを選ぶことも可能です。
正面からまったく見せたくない場合は、装置を歯の裏につける「裏側矯正」という選択肢もあります。
ただし、ワイヤー矯正はブラケット周りの清掃に手間がかかる点に注意が必要です。
歯ブラシだけでは汚れを落としきれないため、歯間ブラシや矯正用フロス、タフトブラシなどを併用し、時間をかけて丁寧に掃除する必要があります。
60代の矯正治療の費用

60代だからといって、矯正歯科治療の費用が特別に高くなるわけではありません。
治療費は年齢ではなく、歯並びの状態や治療範囲によって決まります。
たとえば、前歯だけの軽いズレであれば「部分矯正」が適応となり、費用を抑えて治療できることもあります。
治療法ごとの費用目安は、次の通りです。
| 矯正方法 | 全体矯正の費用 | 部分矯正の費用 |
|---|---|---|
| マウスピース矯正 | 60〜110万円程度 | 10〜60万円程度 |
| 表側ワイヤー矯正 | 60〜100万円程度 | 15〜60万円程度 |
| 裏側ワイヤー矯正 | 100〜150万円程度 | 40〜80万円程度 |
上記に加え、検査診断料(5万円程度)、毎月の調整料(5千円程度)がかかることがあります。
また、総額提示制度(トータルフィーシステム)を採用している歯科医院では、通院ごとの調整費がかからないことが一般的です。
通院が長期になる見込みがある場合、都度払いより総額が安くなる可能性があります。
マウスピース矯正のインビザラインでは、期間が延びても5年間は追加マウスピース代がかからないプランも提供しています。
なお、インビザラインは薬機法上の承認を受けていない医療機器であり、当院は正規のルートで入手しています。
国内の承認医療機器の有無や諸外国で報告されている安全性情報について事前に説明し、あわせて医薬品副作用被害救済制度の対象外である点もお伝えしています。
初回カウンセリング時には、総額でいくらかかるかを確認しておくと安心です。
なお、噛み合わせの改善など、機能の回復を主な目的とした治療の場合、医療費控除の対象となり、所得税の一部が還付される可能性があります。
60代の治療は、矯正歯科での正確な診断が重要

60代という年齢だけで矯正歯科治療を諦める必要はありません。
残りの人生をより楽しく、しっかり食べて健康に過ごすために、矯正歯科治療が効果を発揮することもあります。
ただし、60代以降では、骨の状態をよく確認することがとくに重要です。
安全に治療を行えるかを正確に判断してから始めなければ、リスクを伴う可能性があるためです。
ブライフ矯正歯科では、骨の厚みなどの診断に欠かせないCTをはじめ、正確に検査できる機器を導入しています。
精密検査に適したデジタル機器を使った精密な治療計画や丁寧な診断により、安心して治療を進められる環境を整えています。
「自分でも矯正ができるのか、ちょっと聞いてみたい」という方もご相談大歓迎です。
まずはじっくりお悩みを聞かせてください。


